ふしぎなwitchcraft

評論はしないです。雑談。与太話。たびたび脱線するごくごく個人的なこと。

学ぶという営みの美しさと難しさについて / NHKスペシャル 『ボクの自学ノート』

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https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/2225660/index.html より(© 2019 NHK)

昨年は一時期フィクションをまったく受けつけずドキュメンタリーばかり見た時期があり、それ以降も年中面白そうなのがあれば録画して見ることが多かった。その中でもこのドキュメンタリーには特に強く胸を打たれた。「学ぶ(=研究)」という営為の尊さ、内なる世界の豊かさ、そして好きなことをして社会でやりくりすることの難しさ、学校という場の本来あるべき姿。様々なことをただただ考えさせられるばかりだった。

本作は、福岡の小倉に住む現在17歳になる梅田明日佳さんが10歳のときに学校の課題として出された「自学ノート」をその後7年間続けていった、その軌跡を彼の家族や周囲の大人(リリー・フランキーや福岡の文化施設学芸員)の証言と共に辿っていく構成となっている。

冒頭、まず、最初に梅田さんの部屋にあるノートの数に驚かされた。21冊。4カ月に1冊のペース。勝手に筆の早い人なのだろうという印象を抱いていたのでこの数字を意外に感じた。だが、ノートを開くと、そこにはたどたどしく(学芸員の証言にもあったが)も、1文字ずつ大地の感触を確かめるような確かさで綴られた文字の列が、人の何十倍も濃度の高い時間の層が1冊のノートに堆積していた。

小学校の課題として出された「自学ノート」。最初はただの宿題として手をつけていったつもりが、先生や時計屋の社長に見せて反応をもらうことで、自分の「学び」を共有する素朴な喜びに魅了されていき、次第に文章力や編集力を磨いていき「自分だけの世界」にハマりこんでいく様は、「学ぶ」という人間の営為の深さについて考えさせられる。このドキュメンタリーの作り手や視聴者同様、梅田さんの「学び」に対する真摯な姿勢に(戸惑いつつも)感銘を受けた周囲の大人たち*1のエピソードも素敵で、彼の積極性や「学び」を通して繋がっていく交流の純粋さは、多くの示唆と問いを投げかける。

 

中盤以降雲行きが怪しくなり、次第にまた別のものが透けて見えてくる(ここから学校生活にある程度のトラウマがある人にはかなりキツイ内容になってくる)。それは豊かな「自分だけの世界」の外にある「本物の世界」であり、社会と呼ばれる場所であり、12~18歳の少年にとっては(誰もが経験したはずの)学校という特殊な閉鎖空間だ。梅田さんは、部活動にも当然入らず、中学校になっても課題として求められていない「自学ノート」を書き続けていく。「普通」の学校生活から遠ざかることで失うものを自覚しながら、自分だけの青春を「自学ノート」に見出す梅田さんの背中は純粋で美しい*2。母親である洋子さんは、学校の教師に「コミュニケーション能力や積極性がないと社会ではやっていけない」といわれたことが今も引っかかっりつづけていて、胸中に残る苦悩をこぼす。

「明日佳みたいな子は昔もいたし、今もいるんですね。」

「その子が居場所がないっていったら、みんな今までその子たちはどうしてきたんだろう、とか色々やっぱり思ってしまって。」

「だから学校の言う"社会"ってのが、何なのかと思って。」

学校で教えるのは「勉強」だ。他人に強いて勉めることしか教えてくれない。そもそも学校とは「学習」を教える場ではないのか。学校で教わる勉強が役に立たないといいたいわけではない(実際にバカにはできない)。ただ、梅田さんのような本当の意味で「学ぶ」楽しさを知る人の受け皿はないくせに、部活に精を出すや忠実に課題をこなす生徒のみが奨励され同調圧力で豊かな内なる世界を潰そうとする今の学校システムに洋子さんと同じように強く疑問を感じたのはたしかだ。

ただ、そんな社会の狭量さにも一筋の光を差すように、うまく話せない自分をもどかしく感じないかというスタッフの質問に対して

「ものすごく(もどかしく感じることが)あるから、ノートを書いているんです。」

と答える、明日佳さんの瞳はひたすらひたむきでまっすぐである。

母親の洋子さんも

「(自学ノートの中は)楽しいことばかりですから

とつらくなったときに「自学ノート」に励まされたことを嬉しそうに振り返る。

将来を迷いながらも真摯でありつづける梅田さんの「学び」への姿勢と、彼の活躍を見続けてきた大人たちが明るい光のように、ほのかに輝いていて、ただただ自分の「学び」の足りなさについて猛省しきりであった。

 

最後に、リリー・フランキーなど子供ノンフィクション大賞の審査員たちとの温かい交流と、母親である洋子さんがこれまでの苦悩と未来への期待を語ったインタビューのリンクを張らせていただいて、締めとさせていただきます。

www.nhk.or.jp

www.nhk.or.jp

<あとがき>

インタビューに登場した漫画ミュージアム元受付の吉田有輝子さんのメーテルコスプレが超絶綺麗な方だったので、思わず検索かけてしまいました。

*1:中学生になっても自学ノートを綴る息子の成果を見てもらうために様々な文化施設に飛び込むお母さんのエピソード含めて美しいと思う

*2:ここの学校の中で浮いてしまった存在である自分を俯瞰的に分析した梅田さんの文章あたりで涙が止まらなくなってしまった