ザ・ダファー・ブラザーズ『ストレンジャー・シングス』2×01 「マッドマックス」
それはただの現実逃避なのかもしれない。
でも、少なくとも、孤高と共働が一緒にある世界を目指しながら、怪物と対峙して、「彼ら」と共に冒険することで、失った青春を、屍のままの過去の肉体を、たとえ疑似的にでも、再生することができるなら、それは「救済」と呼べるのかもしれない。
これはダファー兄弟からの、親愛なる、大人になれない大人たち(またはこれから大人になる子どもたち)へのラブレターだ
「ストレンジャー・シングス2」とんでもない傑作(安易に使いたくないが止むを得ず)だった………ベーコンとイチゴジャムのある世界で、怪物を恐れず進むことを説いた小沢健二とSEKAI NO OWARIが「フクロウの声が聞こえる」で紡いだ物語が、ホーキンスの町にあったんだ。 pic.twitter.com/0wEBfwO1Ti
— 黒松商店 (@PONKOTSUforever) 2017年10月29日
(さて、この連載擬きの自主企画の前に、一応念のために述べておくと、以下の文章は、①初めて『ストレンジャー・シングス2』を見た体で綴ってあるということ、そして、②1話にフォーカスしていくので事前に見ていただけるとネタバレとかそういったものは回避できるということ、そもそも、③シーズン1視聴済みである前提であること、を明記しておく)
1984年10月28日、ペンシルベニア州ピッツバーグでは、銀行強盗が起きていた。ベルが鳴り響き、警察の追っ手を振り払おうとする逃走車の中には、寡黙な少女、カリが。彼女の指示で、トンネルに入ると、パトカーが入る直前で崩落し、見事逃げ切ることに成功。しかし、警官が車から降り、トンネルの様子を再び見るも、何も起きていなかったのだ。運転手が見たのは幻覚だったのか。無事に逃走し喜ぶ強盗仲間を尻目に、依然静かなカリの鼻からは血が流れ、腕には「008」という番号が。そう、あのイレブンのように…………
舞台はハロウィンを控えたホーキンスに戻る。街を震撼させたウィル・バイヤーズの失踪からは、1年が経ち、マイク、ダスティン、ルーカス、そして「裏側」から帰ってきたウィルたちは今、『Dragon's Lair』や『ディグダグ』といったゲーム(世代じゃないけど、懐かしいと感じるのはなぜなんだろうか)の虜になっていて、小銭を集めては、ゲーム機に注ぎこんでいた。そんな中、ダスティンの最高スコアを破る「マッドマックス(!)」というゲーマーが現れたことを知らされる。
ホッパーが、胡散臭い陰謀論者の話から逃れ、カボチャの汚染の調査に乗り出す一方、学校前で、ナンシーはスティーブの願書の作成に付き合いながら、彼との将来について話し合い、雲行きの怪しさを感じ取っていた。そこに、カマロをかっ飛ばし、派手に登校するカリフォルニアナンバーの車が。車から降りたのは、上下をデニムでキメた青年とスケボーを抱えた赤毛の少女。
Scorpins - Rock You Like A Hurricane
マイクたちが授業を受けている中、カリフォルニアからの転校生が現れる。彼女の名前はマックス。最高スコア保持者の「マッドマックス」はこの赤毛の少女だったのだ。そして、ダスティンとルーカスはすっかりこの新参者に熱を上げていってしまい、半ばストーカーのようになってしまう。ウィルの母親である、ジョイスも、まるで高校生のようにボブとの恋愛に興じていて、ウィルと兄であるジョナサンの兄弟とも良好な関係を持っていた。
あらすじは、こんなところ。
さて、今回、大人も子供も浮かれたように、色恋に夢中なことが象徴的なように、シーズン2の最大のテーマであり敵となるのは、「思春期」なのだ。思春期の闇から伸びる蔦に足を絡み取られないように勇気を振り絞り、共鳴し合う魂たちの物語だ。
ウィルの描写がわかりやすく、学校から研究所へ連れて行かれるときに、彼を奇怪な目見ている(おそらくは彼の自意識過剰による妄想)のは、みんな女の子。「裏側」に惹かれていることよりも、彼が気にしているのは女の子たちの視線。異性にどうみられるか、外の世界に有象無象に潜む「視線」という名の影の魔物が、怖くて怖くてたまらないのだ。だから、母親の過剰な心配や逐一の送迎が煩わしい。愛情を享受しつつも、愛情の過剰さに溺れ、喘ぎ、息ができなくなっているのだ。言ってしまえば、「中二病」というヤツである。学校に行けば「ゾンビ」呼ばわりされ、自分が奇妙な目で見られる「異常者」であるから、心配してくれる兄にも辛辣に当たってしまう。
『桐島、部活やめるってよ』公開当初、胃がキリキリした挙句、ゲロを吐きそうになった(誇張とか無しに)ような身としては、これが痛いほどにわかる。思春期の卑屈や自意識。もちろん、僕は「裏側の世界」に行ったこともなければ、得体の知れない怪物に遭遇したわけでもない。それでも、僕の中では、思春期に蓄積した劣等感が、コールタールのような塊になって、モンスターとなって、「大人」になった今でも静かに潜んでは、肉体を巣食って暮らしている(これも決して誇張評表現ではない)。中高校生の頃は、スクールカーストでは、ずっと底辺の底辺にいて、酷いときは、自分のような人間と仲良くしていてくれた物好きな一部の友達を除けば、半年もろくすっぽ学校で会話をしなかったし、何か言えばどこかで笑われ(気のせいかもしれなかったのだが)、思い出したくもないようなあだ名で小馬鹿にされては、ヘラヘラしていた。そんな受け身のスクールライフスタイルを送っていたので、情けない話なのだが、友達の作り方なんて、未だにわからず、初対面の人に会えば、評価ばかりを気にして、会話がしどろもどろになってしまう。バカみたいだし笑ってくれていい。自分でもいつまでそんなことを根に持っているのか、と羞恥心で赤面してしまうのだが、ネガティヴな思考は壊れたテレビのように悪くなる一方で、治らないし、人と目を合わせることもままならない(目を合わせていると見せかけて、ずっと口を見ているとか、向こう側を見ているとか、そういうどうでもいい処世術だけが身についてしまった)。
一時は行方不明となり、「裏側の世界」から帰ってきたウィルは、学校での居場所に戸惑い、ロッカーには誰かが入れた「ゾンビボーイ」と悪戯半分の悪口が書かれた紙があった。でも、別に「ゾンビボーイ」は彼だけではない。恥を忍ばずに書けば、いつまで経っても、グズのままで、大人になり切れず、どうでもいいことにクヨクヨしながら、ズルズルと仮初めの大人になってしまった、そんな僕だって、今もまだ「ゾンビボーイ」のままだ。だから、思春期に苦悩するウィルをギュッと抱きしめて「大丈夫だ」と言ってあげたくなるのだ。僕の青春が報われないままでも、彼だけは「裏の世界」から帰ってきてほしいと、これもまた報われない思いを抱いてしまうのである。
胸を掻き毟りたくなるほど、切なく突き刺さったのが、エルと交信しようとするマイク。彼はエルがいなくなってから、352日、毎日トランシーバーで語りかけていたのだ。
「聞こえるかい エル?」
「僕だよ マイク」
「352日目 午後7時40分」
「まだ待ってる」
「いるなら答えて」
「合図でもいい 黙っているから」
「…………バカだな」
あまりに報われなさすぎる、運命の残酷さに心が痛んでしまった。孤独な魂が、繋がりたくても、上手く繋がらない。そのどうにもならない、厳しい現実のもどかしさが「トランシーバー」というアイテムとして、ぽつんと彼の部屋に、しこりのように残っているのだ。だから、彼はダスティンやルーカスに煩わしさを覚え、大切な友達を疎かにしてしまう。苦しい。苦しすぎる。本当に早く報われてほしい。
第1話最大のトピックは、誰とも関わってこなかったホッパーにエルという家庭ができたことではないだろうか。大人子どもこぞって恋に熱を上げる中、彼はもう一度、疑似的にでも家族を再生することによって、自分の人生を清算しようとしているのだ。小さな、小さな小屋で、細々と。娘を病気をなくして、やさぐれていたあの男が、新しい子供に「夕飯が先で、デザートはその後だ」なんて優しく説いているのだ。たったこれだけの、当たり前で、些細なことなのだけれど、その些細さにすっかり涙腺が崩壊しまった。
ここには誰かと繋がろうとして、救済された魂が、確かに存在して、そんな確かさにほっと胸をなでおろし、靴紐を結ぶのだ。
冒険はまだ始まったばかり。
いつものようにとっ散らかってしまいましたが、テーマの一つ一つは掻い摘めたのかな、とは思うので、こんな感じでダラダラ続いていきます。
つづく。