いつもポケットにハンカチを(ナンシー・マイヤーズ『マイ・インターン』)

人間というヤツの性質は、どうやらそう変わることはないらしい。よく「歳を取ると頑固になる」なんてのを聞くが、そんなことはないなずなのだ。今現在、口から唾を飛ばしながら、どうでもいいことにイチャモンをつけているような老人は、決して痴呆のせいではなく、元から彼(あるいは彼女)が、短気で怒りっぽい人間だっただけに過ぎない。逆に、歳を取っても、機知に富んでいる人は、若い頃からしっかりと物事によく目を凝らし、熟慮し判断を重ねてきた、賢明さがもたらしたものである。そう簡単に変われたら、誰も苦労しない。そんなことを考えながら、時たま、「無駄にこだわりだけが強い可愛げの欠片もないクソジジイ」として、周りから忌み嫌われる老後の己の姿を想像しては、ぞっとしてしまう。下手なホラーよりも肝が冷える話だ。

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世の中には「お仕事映画」なるジャンルがある。最近のものだと、『シェフ (ジョン・ファヴロー監督)』や『バクマン。(大根仁監督)』など良作は多い。そんな豊かで共感度の高いジャンルの中でも、屈指の良作だと確信しているのが、2015年公開『マイ・インターン』。主演は、これまでにこやかな笑顔と共に、数多の人間を葬ってきたロバート・デ・ニーロと、『プラダを着た悪魔(個人的には嫌いな部類の作品だが)』『レ・ミゼラブル』のアン・ハサウェイ。監督・脚本には『恋愛適齢期(これも良作なので是非)』のナンシー・マイヤーズ。もうこの時点で十分に盤石ではある。

(ただ、なぜか今作のロッテントマトの点が低く、こういう時ほど批評家ってアテにならないな、とは常々思う。特に『最後のジェダイ』がいい例だ)

恋愛適齢期(字幕版)

恋愛適齢期(字幕版)

 

デ・ニーロが、妻を失い、生きがいを求め、インターンに応募する70歳の老紳士ベン。ハサウェイが、イケイケバリバリに、ファッション通販サイトを経営する女社長ジュールズ。となれば、あらかたの人が「古臭い爺さんが、現代の女社長に振り回されつつ、なんか温かい心の交流的なアレで、ちょっとしたラブロマンスとかしちゃって、最終的に説教臭くなるヤツなんちゃいますの?」なんて邪推が働きそうだが、ところがどっこい、そんな安易なことはさせない。だって脚本がナンシー・マイヤーズですよ。見慣れすぎて欠伸が出そうな「若者vs老人」の衝突なんてやらない。そんな臭いドラマを用いなくても、しっかりとした脚本と演出があれば、スマートな映画になるのである。

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「お仕事映画」だから、まず最低限として、「お仕事」の光景を、魅力的な映像でシンプルに発信しなければいけないのだが、この映画のそれは非常にスムーズで、明快だ。冒頭、デスクで電話対応するアン・ハサウェイの社長が、次の仕事のスケジュールを確認しながら自転車に乗り、そこについていくと、社内で行われるアットホームなパーティーの様子や散乱するデスクの惨状、という会社の雰囲気と問題点がサラッと明らかになり、シーンを跨いでカメラが到着するのは、別の撮影場で、インターンのことを告げられる。この一連の流れで、もう映画として良いことが明白で、軽い気持ちで見れないぞ、と気持ちも引き締まる。主役二人以外の脇に映る、作品の筋とは関係のない人たちの「仕事」もしっかりと丁寧な撮り方で見せているのも、この映画の美点と言っていい(髭を剃る理容室ひとつとってもそうだ)。

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世代間のギャップ描写も使い古された、しょうもない衝突を使わずに、ちゃんと小道具で表現し、尚且つその人柄も説明する。それだけでなく、その世代間ギャップを感じさせるFacebookを、意思疎通のツールとして機能させるスマートさ。

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インターンとして合格し、席に付いたデ・ニーロが取り出したのは、道具の数々で、これまでの勤勉な仕事ぶりを窺わせる。彼がただ時代に乗り遅れているわけではない、という証左として、よく見かけるステレオタイプな「パソコンのキーボードが打てない」なんて陳腐な表現も廃していることにも注目していただきたい。ここまでで、彼がどれだけ柔軟にこれまでの会社に務めてきたのか、明白だ。さらに、

「ハンカチって意味ある?」

「女性が泣いたときのため」

という受け答えだって、普通ならば、なんだかスケベだなあ、と思ってしまうわけだが、ここまでの彼の人となりの説明によって、スキのない気転の利いた返答であることがわかる。ベンが「仕事」に真摯な人間である上に、紳士としての引きの巧みさも加わり、老獪で思慮深く、前に出過ぎず、常に全体を見まわす人物であることを、押しつけがましさなしに教えてくれる。誰かがやってほしいことを察して、全て先回りで率先して行う、という途轍もなくすごいことを、表面上何のそぶりも見せずに、当たり前のようにさらりとこなす。これはそのまま「一見どこにでもいそうな洞察力に満ちた老紳士」という姿を、佇まいだけで表現する老獪なロバート・デ・ニーロの演技にそのまま直結しているのかもしれない。そして、それらを余計な演出を一切使わずに、ミニマムにさらりと見せる監督の手腕。「サヨナラ」という茶目っ気のある挨拶だって、なんというかあざといくらいに目ざとい。

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アン・ハサウェイの社長像も新鮮で、彼女がステレオタイプな高圧的で嫌味な人間のようにはキャラ付けせず、自分で電話対応もし、どんな仕事相手にもポジティブさを失わない熱心さを見せ、その裏で1人の人間としても苦悩している(ママ友という社会は歪で面倒である)のも臆面なく見せてしまう。ただ、今作それら以外にはどうしても引っかかり、「単純にこの人スケジュール管理がド下手なのでは」という社長としては圧倒的にダメダメな部分が目に余ってしまうのは否めず、今後が心配になってしまうところではあった。

彼女のチャームとして「笑顔」が挙げられるのだが、今作はその「笑顔」の使い分けが実に巧みで、それを自然とリラックスして、自由自在にこなしている様子から、伸び伸びと演技できていることもわかる。作中での夫婦問題は意外にあっさり完結してしまったように思えたが、あれ以上やるとジメジメしてしまうから、これくらいがよかったのかもしれない。まあ、社長がダメダメなのも、華麗なデ・ニーロを光らせる小道具と思えば、そこまで気にはならない。

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あと、この映画、シンプルに発話が素晴らしく、聞き取りやすい。スピードには緩急もありながら、「英会話の勉強にうってつけ!」なんて看板を飾りたいほどに教科書的で、耳に滑らかに入ってくる。聞いているだけで、心地がいい会話というのは、これ結構難しいので、参考になるんじゃないだろうか。オールドスクール(デ・ニーロのスーツのように)なんだけど、肩肘張らないで、くつろげる空間も確保されている。脚本ももちろんこれに貢献しているのだが、やはり主演二人の演技による賜物であることには違いない。アダム・ディヴァインのアクセントも個人的にはかなりフェチだ。

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目を凝らすと、色々なところに映画を形作るエッセンスがちりばめられていて、わかりやすいようで、実はすごく細かい「目配せ」の映画なのだ。それでいて、誰が見ても簡潔で、共感しやすく、視覚的に気持ちがいい。

現実にはこんなことあり得ない、と思う方も大勢いるだろうが、そこを「現実でもこういうあるべき姿にしていこう」という風になれたら、きっと世界はちょっとはマシになるのかもしれない。もちろん、そんなにすべてが上手く事が運ぶはずもないのだが。手始めにハンカチを持つことから始めてみてはどうだろう。


映画『マイ・インターン』予告編(120秒)【HD】2015年10月10日公開

 

 おしまい