ふしぎなwitchcraft

評論はしないです。雑談。与太話。たびたび脱線するごくごく個人的なこと。

『君の名前で僕を呼んで (Call Me By Your Name) 』

官能の熱を帯びる肉体、恍惚する肉体、高揚する肉体

あー、暑い、暑い。ついこの間の3月の末なんぞ、平気で気温が1ケタに達しておったのに。春を飛び越えて、夏にスキップ。生粋の暑がりで、汗っかきなので、堪ったものではない。しかし、そんな文句をブツクサ言いつつも、ウキウキする気持ちには嘘がつけない。スキップといかずとも、足取りは軽い。どこのカフェも路面にテーブルを出しては、こちらにビールの誘惑を持ちかけてくる。アイスクリーム屋はどこも行列。待ちゆく人は皆、肌を見せ、少しでも焼こうと裏路地では簡易ベンチに裸で腰掛ける強者も*1。そんな景色を眺めていたら、やはり同じ欧州はイタリアの「あの夏」を思い出さないわけにはいかない。エロスがアスファルトから湧きたつ熱気や青々とした草木に絡みつく情念を燃やす夏。

君の名前で僕を呼んで』の淡く甘美なひと夏だ。

 

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珍しく服を着ているふたり

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映画の大半が服を着ていなくて、そしてまた裸のシーンの大半が濡れ状態だったような…………

 

描かれるのは、クラシックの作曲が趣味の少年エリオ(ティモシー・シャラメ)が、教授である父親(マイケル・スタールバーグ)が招いた大学院生の美青年オリヴァー(アーミー・ハマー)から次第に目が離せなくなり、彼女のマルシア(エステール・ガレル)と肉体的にと結ばれるも、オリバーのことが頭から離れなくなり、とうとう実り結ばれるまでの官能に満ちた恋。きらめく太陽に、目がくらむ青、原色のような緑。丹念な自然でむつみあう男たちと家族を映しだす。ひたすらに俗世からは超越しまくっていて、貴族のような暮らし向きなので、こちらは貴族の生活を絵巻にしてみてる気分。

まず、しれっとすごいのがティモシー・シャラメの語学力やピアノの演奏。あまりにも自然になんでもできちゃう。顔が非常に良い上に、なんでもできてしまうともはやこちらの立つ瀬がない、という感じもしてしまうわけだが、そもそも貴族の戯れを遠くから眺めているようなものなので、入り込む余地なんぞハナからないのであるが。アメリカで育ち、フランス語が話せ、しかもコロンビア大学ニューヨーク大学に通っている、と書くだけでもう参りましたと降参したいのに、イタリア語を1カ月チョコッとやって習得、と来るもんだから、お手上げ。ドイツ語までさらりと出てくる。とにかく器用。器用貧乏ならぬ器用富豪。*2

音楽を担当するのは、スフィアン・スティーヴンス。かねてからの大ファンなので、今作での抜擢は大喜び。どの曲もため息が出るほど美しく、幸福感に満ち満ちていながら、鬱鬱とした文学性もあり、彼のパーソナリティがそっくりそのまま映画に寄り添うような印象。もともと躁病のような、ケラケラ笑いながらほろほろ号泣するような、ピカソの『泣く女』のような、スフィアンの作家性はそのままエリオの過ごす夏の煌めきによりそう。相変わらずアレンジや音色の豊かさには惚れ惚れします*3

劇中のダンスシーンでかかるジョルジオ・モロダーインパクト抜群だが、冒頭での坂本龍一『M.A.Y. in the Backyard』にはさすがにギョッとさせられてしまった。不穏さがマックスで、この避暑地で殺人事件でも起こるのではないかとよからう推測が働いてしまったのが、安心ください、そんなことは一切起こらない

今作、ジャンル分けとして、BL映画*4に入れられる類のようだが、実はそうでもなく、前半はエリオとガールフレンドの恋を中心に描かれ、なんならガッツリとあんなことやこんなことをしているので、かなり濃厚なセックスシーン多め。エロいというか、アート性で誤魔化されているものの、相当生々しい部類だと思うので、カップルでご覧になられるなら特に鑑賞の際はご注意ください *5

しかし、『君の名前で僕を読んで』がBLとしてヌルいのかといえば、決してそんなことはない。僕はこれを発明的だと思ったのだが、エリオがアーミー・ハマー演じるオリバーのギリシア彫刻のような肢体を忘れられず、桃に己の陰茎を突っ込み、悶々とした性欲をぶつけ、それを(最悪なことに)オリバーに見つかってしまう、という爆笑必至のシーン。思春期あるあるなのかは分からないが、ああいうことって世界中どこでもやるヤツいるんだな、と性への飽くなき探求心を感じた。伊丹十三タンポポ』でも桃に指を突き刺し、中から汁をじんわり出すエロティックな場面があったが、そちらよりも牡蠣に一日を舐め挙げる役所広司の方が近いフェチズムがある。食欲も性欲も突き詰めれば「生」に繋がりますからね。直接肉体と肉体で交わりあう以上に、桃に吐き出した相手の白濁を果実ごと齧り体内に受け入れるという行為は濃厚なエロスがある。

あと超絶美少年エリオ君ですが、パンツをクンカクンカしたり、あまつさえ頭からかぶっちゃうんですから、盛りまくりも良いところでございます。

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映画史に残る桃TENGAシーン、劇場では大爆笑に包まれておりましたが、表現としてはこれ映像にしちゃうか、という生々しさがありました

(ここから下では、物語の結末部分に触れているので、俗にいう「ネタバレ」がなされています。それゆえ、ネタバレを避けたい方は、お読みになるのを後回しにされるとよろしいかと思われます。とはいえ、決して、それを知ったからといって、物語の深みや面白味は損なわれませんが、ただ、どんなコンテンツでも何の前情報もなしに見るというのが基本的には一番だとは思いますので、そういう先駆け的な行為がどうしても性に合わない方は、やはり、先に映画本編を見て頂くほかはありません)

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見終わり、何が特に良かったか考えると、やはり主人公エリオの父親であるマイケル・スタールバーグと母親のアミラ・カサールのパールマン夫婦の存在なのだろう。

この映画、おもしろいことに、エリオという少年が恋に身を焦がす姿を描きながら、彼のこころとは離れたところにカメラがある。彼の歓びや痛みには表面上さらりと触れる程度で、ズイズイと見る者に感情移入させまいと一線引いたところに視点がある。エリオに自らを語らせることをせずに、その脇にいる父母の目線に我々観客を寄せる。

しかも、その両親はというと、決して彼らの子意地に足を踏み入れる野暮はせず、ひたすら見つめ、受容する。グザヴィエ・ドラン『トム・アット・ザ・ファーム』のような父性的な暴力性はない。エイズの前に時代を置いたこともポイントだろうか。同性愛映画ではステレオタイプ化してきた「ゲイに眉を顰める保守的な両親」といった存在はここでは排除されており、今以上に同性愛がファンタジーであったであろう偏見がはびこっていた時代では考えられないような実に感動的なスピーチが行われる。胸の痛みや悲しさは張り裂けるような痛みだが、人を殺すことはない。

ただ、数回見ると、実はこのスピーチは要らなかったのでは、という疑問が湧いてくる。確かに、観客の色眼鏡を外してくれる、すごく大切な役割で、ここで見る者はエリオ通りバーを詰めるこの映画の視点の正体に気付き、この人の言葉で今作が性差を超えた「愛すること」そして「受け入れること」について真摯でピュアな恋愛映画なんだと知る。しかし、この映画の肝心な部分はそこのみにあるのではないように思えた。

というのも、マイケル・スタールバーグが語らずとも、この二人の結末は明らかに提示されているのだ。それは途中、家を訪ねるゲイの老カップ*6だ。彼らはつまり未来のオリヴァーとエリオの姿そのものであることは明らかなので、痛みを受け入れることの大切さを語らずとも、あの二人が現れた時点でもう一つの悲しみが訪れることは提示され、そしてその先のどこで結ばれ合うことが暗示されている。と解釈できなくもない。

それまでは雲上人の優雅な遊びを傍から見物するようなカメラが、最後の最後にオリヴァーから結婚したという報告を受け、暖炉の前ですすり泣くエリオにすり寄り、彼以外の世界が一気に遠ざかる。そこでかかるのはスフィアン・スティーヴンス作曲の『ギデオンの視線』。ここで見る者は、ようやく彼の失恋を追体験でき、そしてもう一度あの夏の日々を回顧したときにまた別の熟れた果実の瑞々しい甘酸っぱさが舌を刺激するのだ。

恋は、甘く酸っぱいなんてのは炭酸飲料水のコマーシャルのようでベタだが、この映画で執拗に桃がモチーフなのもそういった意図があったのかもしれない。

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「君の名前で僕を呼んで」オリジナル・サウンドトラック

「君の名前で僕を呼んで」オリジナル・サウンドトラック

 


Sufjan Stevens - Mystery of Love (From "Call Me By Your Name" Soundtrack)

www.youtube.com

 

おしまい 

*1:なんでそんなに肌を焼くの、と聞くと「そりゃモテたいやん」というこれ以上にないシンプルな答えが返ってきました

*2:相手役のアーミー・ハマーもやんごとなき出自の御方なのだが、こちらはすでに周知の情報かもしれないので省きます。気になった人はググって

*3:名盤『キャリー&ローウェル』『イリノイ』と出すアルバムどれも名盤ですが、ここは敢えてこの狂気に満ちたクリスマスアルバムを http://amzn.asia/dgPBuP0 

*4:LGBTものというべきでしょうか

*5:ところで、セックスシーンで大胆な脱ぎっぷりを見せたエステール・ガレルのヌード、こちらとしては思いきっりタイプの顔なので、美青年と美少年のイチャコラに加えこんなものまで見れるのか、と得した感じがあったのだが、肝心の男の方の脱ぎが女性に比べるとヌルかったので、これは「脱ぎ損」というヤツなのでは、とひっかかってしまった。契約にかかわる諸々の事情があったらしいけれども。

*6:原作者アンドレ・アシマンと製作者ピーター・スピアーズ