ふしぎなwitchcraft

評論はしないです。雑談。与太話。たびたび脱線するごくごく個人的なこと。

だるまさんがころんだ 『クワイエット・プレイス』

マジで息をするな(by クラシンスキー)

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海外の劇場だと誰かとくっちゃべるのがデフォなとこがあるため、どうしても隣で「やばいよやばいよ…………(©出川)」とい声が聞こえてきてしまって一瞬現実に引き戻されるのですが、日本ならまだみんな大人しく見てると思うので、没入度が半端じゃないと思います。

まず、今やトップ俳優の座に君臨する男にも女にもモテる好漢クリス・プラットのこの興奮っぷりをご覧いただこう。 

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1流俳優が誉めてるから偉いとか言いたいわけではなく、彼のような映画好きが「やっぱ言葉尽したけどあきまへんわ」と語彙力を失うほどなので、よほどの事態なのである、ということを強調しておきたかったのだ。 Twitter上では、かのスティーブン・キングも大満足のようであるし、何より「いいね」の数が尋常じゃない。

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エミリー・ブラントが目を左から右へ泳がせるだけでヤバい何かが起こる緊張感が走る

さて、ではこのアラフォー俳優に代わって、この映画について説明するとして、ざっと大まかなあらすじとしては、まず、些細な音も聞き逃さずに生物を狩る、視覚のない未知の怪物が跋扈している、というのが2020年らしく、そんな世界をなんとか平穏にサバイブしてきたある一家が、母親の出産を迎え、かつてないピンチに陥る…………!!という、ものでシンプル。ありとあらゆる生活音に気を使わわなくてはならないので、そこでまずストレスフルだし、一家の大黒柱(古風な表現ですかね)である父親はとある出来事をきっかけに娘とのコミュニケーションが上手くいかなかったりで、家庭の中でも不和が起きて大変。まあこれ以上書けば、若干ネタバレになるし、とにかく見てもらうのが早いので、やはりクリス・プラット同様の結果になる。

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監督と主演が夫婦といえば、周防正行草刈民代を否が応でも思いだしますが、この夫婦もこれからそうなっていくのでしょうか。クラシンスキー監督の今後には目が離せません。

監督は『13時間 ベンガジの秘密の兵士*1』にも出演していた俳優のジョン・クラシンスキー、主演は『ボーダーライン*2』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル*3』といった話題作に立て続けに出ているエミリー・ブラント。知っている方も多いだろうが、実はこの監督と主演は実生活でもおしどり夫婦で、今作のプロモーションで出演しているトーク番組では、そのおしどりっぷりが垣間見える。脚本は、クラシンスキーに加え、ブライアン・ウッズとスコット・ベック。製作にはマイケル・ベイ。上映時間は90分程度で、タイトなものになっており、目が見えないという設定からも『ドント・ブリーズ』という近年のホラーの中でも秀作に入る映画を思い出す人も多いはずですが、大いにホラー要素が増幅されていて、めちゃくちゃ『クワイエット・プレイス』のが怖がれた*4

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映画の後に見ると、余計にグッとくる集合写真

上画像左にいる聴覚に障害を持ち補聴器を手放せない長女役のミリセント・シモンズは実際に聾者であり、そのこともとても今作では大きく作用している。というのも、物語の概要だけ聞くと、革新的なサイレントホラー映画であるかのようだが、そうではなく、生活音が増幅されるような形で耳に忍び込んでくる仕掛けになっている。監督自身の意向もあったそうだが、彼女の存在も貢献しているはずっである。この一家が置かれている途轍もなく恐ろしい状況を、身振り手振りや表情で表現するのには、本当に耳が聞こえないからこそできる演技の域を超えたリアリティがある。手話という技術的な面でも欠かせない。

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 (以下、ネタバレをゴリゴリ含んでいるので、未見の方はここで読むのをやめていただき、ここからは本編を見ておしっこチビった後に、ご覧ください)

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まず、なんといってもこのホラー映画の定石の裏を突く設定の見事さだ。

どういうことかといえば、例えばこう。

おどろおどろしい音楽をバックに、不穏なカメラが後姿をとらえながら、ある女の子が洋館に忍び込んで、開けてはいけないとあらかじめ言われたクローゼットの扉を緊張した面持ちで開く。ここで音楽が止み、静寂が訪れる。扉の中には何もなく、少女の安堵した顔がアップに映し出される。そして、少女が振り向いた次の瞬間に「バーーーン!!!」とさっきまではなかったはずの人形が天井からつりさげられていて、女の子は恐ろしさのあまり悲鳴を上げる。

べッタベタな展開だが、ここで重要なのは一旦音楽が止むという演出。安心させたところで、次に観客を驚かせる、という手法は「緊張と緩和」ルールで、古今東西ホラーマナーとして浸透しきっており、どれだけ身構えていても、反射的にびっくりしてしまう。しかし、ある程度のホラー映画を見ていれば「あ、ここでなんか来るな」と精神的な余裕が生まれるものだ*5。そんな予定調和を壊すために、様々なホラーで試行錯誤されてきたのだが、その究極に今作『クワイエット・プレイス』があると思っていい。

今作ではそうした予定調和を排すために、大胆に「①どんな物音でも聞きつけるモンスターにより危機にある人類」という設定を用い、「②ありとあらゆる生活音を消さなければならない」ルールを敷き、「③聾者の娘がいるために手話でコミュニケーションを取ることができる利点を生かし生き延びてこられた家族」に焦点を当てることで、観客の集中力を研ぎ澄ませ、些細な音も恐怖へと変貌する空間づくりに成功している。

ここで、いやいや、アンタは何を言っとるんや、過去にそんな映画あったやないかコラ、と手元のサム・ライミがプロデュースを手掛けた『ドント・ブリーズ』のDVDを頭上に掲げる人もいるだろう。クラシンスキー監督はもともとホラー映画には馴染みが薄かったらしく、『クワイエット・プレイス』製作にあたり、『ドント~』を参考にしたらしいので、実際に影響は受けている。見れば明らか。そこ自体に反論の余地はない。

だが、この2作の決定的な違いは、襲う側に動機があるかどうか、があり、ここだけでグッとこの映画のホラーとしての質が格段に変わっている。『ドント・ブリーズ』はとても良くできた映画で、実はホラーに見せかけたシチュエーションスリラーといった色の方が濃いのであるが、自分が見た限りでは、スティーヴン・ラング演じる盲目の老人には、まだ攻撃する理由やえげつない*6凶行に及んだ動機がまだ理解はできなくもない。襲われる側*7にも若干感情移入しづらいところがあり、そこが観賞時の思考の妨げになっていた面も否めかった*8

一方、①の通り、こちら『クワイエット・プレイス』は当然だが敵はどこからともなく音を聞きつけ人間を狩りにやって来るモンスターなので、感情も動機もへったくれもない。そのため、襲われる側には無条件で理不尽さが伴い、家族は結束せねばならない*9。①の設定導入は今作のテーマである「家族の結束」というものに実にうってつけである。 

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①により発生する②のルールは大変にホラー的予定調和からの逃避のために効いていて、始終緊張感が張り詰める。そして、この映画の巧みなところは、しっかり「家族」のドラマを余計な演出を使わずに丹念に描きながら、②のルールに頼り切らずに、一切だれることなく、演出や音楽でより効果的に観客を徹底的にイジめ抜く、という点。特に劇判は非常に素晴らしく、『スクリーム』『LOGAN』のマルコ・ベラトラミが実にいい仕事をしてる。撮影もおそらく、非常に神経質にやっていたのだろうが、その努力がすべて報われるような、生活音全てを得体の知れないか域に変換する名仕事。

生活音を強調するための演出が見事で書きだすとキリがないのではあるが、スピーカーなんて使えるはずもない世界なので、イヤホンを夫婦で共有し、初々しいカップルのように踊る場面は、クライマックスで時間差で泣かされてしまった。とてもロマンティックな演出で、『ベイビー・ドライバー』を彷彿。

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ただ、ここでケチをつける、というか、この映画を好きな僕にとってはくだらない粗探し程度なのだが、ところどころ映画を円滑に進めるための「え、それはいいの」というルールが挿まれていて、例えば、「滝つぼの近くなら音がデカいので、声を出しても大丈夫!」というのも「じゃあ滝つぼの近くに家建てるなり洞窟掘るなりすればいいのでは………」と野暮なツッコミを入れたくなるし、そもそも②ルールがある中で、どうやって子作りに励んだんだ*10というゲスい疑問が湧くのだが。ところどころで、ホラー映画として機能させ、時間を稼ぐためのご都合主義的な部分が垣間見え、特に、いったんマット*11で入り口を防いで、まあこんなものは些細なものにすぎない。

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上で書いてきたように、モンスターが跋扈するホラー映画として、『クワイエット・プレイス』はとことん恐ろしいのだが、③この映画の素晴らしいところはそこだけにとどまらず、先述している通り「家族」の物語としてキッチリ泣かせる。画だけでこの家族がいかにして生き延びられてきたかを説明し、家族の連帯感や心のすれ違いを最低限のセリフだけで示し、1人の息子の死ともう1人の生命の誕生によって壊れかけていた「家族」が集結していく。上手くコミュニケーションが取れない父親(補聴器を大量に作りだすことくらいしかできない不器用さがまた泣かせる)を諭すのが、家族の中で疎外感を感じていた長男、というのも理想的な家族像だ。ラストに、やや、ど定番な死亡フラグを張って、見事家族のためにお父さんは散っていくのだが、ここで手話というコミュニケーション手段がグッとエモーションを高め、ミリセント・シモンズの説得力のある演技も相まって、ボロ泣きしてしまった。

しかも、その最後の最後にはまさに『X-MEN』や『ストレンジャー・シングス』のような展開を迎え、最終的に『10クローバーフィールド・レーン』のおうな今後のシリーズ化も臭わせる*12。というかあのエミリー・ブラントは新世代の『エイリアン』のリプリーでいいでしょう。

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演技に触れると、やはり監督の愛妻であり、自らこの難役を引き受けたエミリー・ブラントは、このキャリアだからこその迫力の芝居を見せてくれた。まあこれまでも過酷な戦いを強いられてきた役者さんだが、まさかここに来て妊娠して産気づきながらモンスターと鬼ごっこするなどどいう、とんでもない目に遭うとは思ってもみなかっただろう。途中階段から出た釘*13に足を突き刺し苦痛にもだえる顔や、妊娠の痛みに悶えながら声を殺す苦悶の表情をスクリーンにデカデカと抜かれても微塵も嘘くささがなく、めちゃくちゃ痛そう。ヒッチコックの時代にいれば名ホラー女優の座に君臨できただろう。

この映画に跋扈する「目の見えないのに不審な音があればすぐに襲ってくるモンスター」というのは、紛れもなく社会に対する風刺であり、今のアメリカが抱えている諸問題を解決するヒントも隠されていると思えるのだが、そんなことに言及してしまうのはこの上質なホラー傑作に対しては野暮であるし、あくまで娯楽だ。

僕らはきちんと映画の前にトイレを済ませ、充分な水分補給を取り、チケットだけ購入して、この『クワイエット・プレイス』へ飛び込めばいいだけの話なのです。

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おしまい

 

*1:ビデオスルーされているもののマイケル・ベイ監督で傑作の部類だと思います

*2:原題『シカリオ』のが好きです

*3:このときに肉体改造して以降、今作のようなハードな役もできるようになったと思うので、ターニングポイントなのだろう

*4:あくまで個人の感想ですが、まあブログってそもそも個人の感想の域を出ないですしお寿司

*5:自分はそこそこに見てはいるくせに未だにビビりますが

*6:生理的に受け付けない類の

*7:この映画の場合強盗に押し入っているので被害者とも言いづらい

*8:とはいえ、本当によくできたスリラーで、これなしに『クワイエット・プレイス』はなかったとも言えるので未見なら是非とも

*9:人相手だと、いくらシリアルキラーとはいえ倫理的に………ねえ笑

*10:あれくらいの過酷な環境でサバイブするには、一つでも子孫を残すくらいのガッツが必要なんや、野生に帰るんやヒトも………とするりと飲み込みました

*11:あれでいいのかよ、とちょっと笑っちゃった

*12:続編がある前提で作られている脚本なので、興収次第で連作化されていくんでしょうが、フランチャイズはねぇ………でも『エイリアン2』は大好きなんで、続編は見たいかも。エミリー・ブラントがどんどんマッチョ化してくのは見てたい

*13:さすがに3回目には「いい加減気づけよ!」とすかさずツッコむ