ふしぎなwitchcraft

評論はしないです。ただ流れる言葉。雑談。意味のない話。つまらない話。聞くに値しない話。たびたび脱線するごくごく個人的な話。

拒絶された世界で呼吸しながら物語るには(坂元裕二『anone』第1話)

誰かのために、おとぎ話を「物語ること」は私を守ってくれるのだろうか

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子供ではなくなって、「あのね」と何かを打ち明けるとき、それは語りかける誰かへ心を許している証か、もしくは認めてもらおうと相手の心の領域に一歩踏み込む勇気を振り絞るサインでもあるかもしれない。でも、子供だった頃はたしかにもっと無邪気だった。

「あのね、今日ね…………」

給水塔がロケットのように見えたこと、公園で生っていたさくらんぼ、大きくなったり縮んだりする影。何かを見つけると、そうやって母親にまるで自分だけの発見のように教えていたものだ。

電車に乗っていると、母親に連れられた子供が「ねえねえ、あのね、さっきね」と話しかける光景をよく見かける。こうしたときの対応は大きく2パターンに分かれるだろう。幸福な場合は、「あら、そんなことがあったの」「うんうん、それで?」と子供に話を促してくれる、良き聞き手としての対応。だが、もちろん、各家庭には独自の育て方があり、親も常にニコニコしているわけではないので、「ちょっと電車の中だからあとでね」「静かにしてなさい」と話をストップされる不幸な事例もある。別に聞いてあげてもいい気もするのだが、子育てには常にストレスがつきものだし、親は親で世間の目を気にして、ナーバスになっていたりするのかもしれない。そうした母親を責めることはできない。

このような状況で、話を逐一真剣に聞いてあげるような親によって育った子供は、話好きになっていく傾向にあるように思える。当選の傾向だ。だが、話をあまり聞いてもらえなかった場合は、自分の中で完結するように、性急に大人になるように迫られ、あまり口数も多くはない人になっていくように思う。無論、環境だけが人の性格を左右するものではなく、自分は教育評論家でもないので、ここで決して教育論なぞを語るつもりは微塵もないのだが。

坂元裕二も、もしかするとこのどちらかの状況を思い浮かべ『anone』と題したドラマを描いたのかもしれない。

あのね

あのね

 

天使たちのシーン

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『Woman』で厳しい母子家庭シングルマザーの現実を生々しく切り取り、『最高の離婚』で夫婦の心のすれ違いと3.11を繋ぎ、『カルテット』ではスリリングな会話劇で毎週視聴者を揺さぶった、坂元裕二という脚本家は常に熱心なドラマ視聴者だけでなく、様々な方面のファンを獲得している。そんな彼が次にどんな作品を描くのだろうか、と期待されるのはごく自然なことだ。そして、発表された主演俳優が、『海街diary』『怒り』『ちはやふる』『三度目の殺人』と近年の傑作邦画に出演しては、事務所のゴリ押しでは決してないことが一目でわかるバツグンの演技力で、同世代の若手女優を突き放した広瀬すず。脇を固める俳優は田中裕子、阿部サダヲ小林聡美瑛太火野正平。演出には『Woman』の水田伸生。タイトルはローマ字で『anone』。わざわざ書くまでもないが、「1つ」という意味合いを持つ「an」「one」が潜んでいることは明白だ。もうここで既に坂元祐二マジックにかかってしまっているようだ。

あまりに名言botのようにありがたがられていて、どうやら誤解されているようだが、坂元裕二をトイレのカレンダーに書いてある安っぽい名言風のフレーズを量産している薄っぺらいコピーライターと同列で語られては困る。彼はあくまで脚本家という一人の「物語りの紡ぎ手」だ(こういうことを言うと鬱陶しがられるのだろうが)。そんな風潮が少々気に食わず、もっと毒を吐きたくなったが、グッとこらえるとして、確かに坂元裕二が放つセリフは『フリースタイルダンジョン』で呂布カルマが放つパンチラインの連続のようで、bot化したくなる気持ちもわからないでもない。

「この半年、死にたい、死にたい、ってそれしか考えてなかったんです」

「それって、死にたい、死にたい、って言っていないと生きられないからですよね。生きたいから、言うんですよね」

などという会話なんかは、現代の生きづらさに苦しむ我々ならば、誰もが共感してしまうキラーフレーズだ。

そんな視聴者の気持ちを汲み取ったのか、はたまたそんなSNSでの取り扱われ方にうんざりしたのか、序盤でスティーブ・ジョブズのコスプレのような胡散臭い医者を登場させ、持本舵(阿部サダヲ)にいともアッサリ軽々しく余命半年であることを言い放ち、愕然と肩を落とす彼に「自分ちょっと名言怖いんで」と言わせていたのは、彼なりのシニカルなのだろう。

(名言風の言葉をありがたがる若干悪意のある患者の描写も毒っけがあって、そこに気付くかどうかも試されているみたいだ)。

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『anone』の主人公ハリカ(広瀬すず)は、『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』同様に「孤児」だ。いや、そもそも坂元裕二は「孤児」たちの群像劇を作り出してきていた。例えば、震災であったり、たわいもない家庭の亀裂だったり、様々な形で現実からはぐれてしまった「孤児」たちである。今作では、「孤児」という要素がリアルな貧困という形でハリカと密接に結び付くことになる。

「一晩1200円のネットカフェに住み始め今日でちょうど1年」

「シャワー室のお湯が出なくなったときは連絡しあうし」

「シャツのシミがいつ何を垂れ溢してできたものかお互いに知ってる」

「忘れ物をしたときは教えてくれる」

「もう長いことパジャマを着て寝たことがないのは3人とも同じ」

という端的な情報で、この世の片隅でひそかに暮らす「孤児」たちの、ささやかな温もりを丹念に描出している。現実の光が差し込まないファンタジー。この「孤児」たちの共鳴というのは『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』にも通じる(『最後のジェダイ』で物語は残念な方向性に転がっていったが)ようにも受け取れる。どこかの誰かの意図としか思えない巡り合わせで邂逅した「孤児」たちが、その場その場で問題に立ち向かい、決断していく物語。あそこでJJエイブラムスがやりたかった、なんとしてでも誰かと結びつこうとするも、理不尽に引き裂かれてしまう「孤児」たちの宿命、というのは『anone』第1話の構造と非常に似ているのではないだろうか。レイのように、ハリカは過去のおとぎ話以外、何も持たずに産み落とされ、穢れた世界との繋ぎ目に思えた、友達に近い二人の写真を消したスマホの画像フォルダには、陳腐でありきたりな夜景の写真しか残っていないのだ。

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今作では「孤児」という言葉は、ネガとポジで、過去と現在に、対に存在するパウル・クレーの『忘れっぽい天使』によって、「天使」という言葉に言い換えることが可能だ。『anone』はこの世で分断され世界に馴染むことができない天使たちのおとぎ話なのだ。ハリカは特殊清掃の現場で、死臭に満ちた空気を吸わないためにマスクをし、その名残のように、スマホゲームのアバターでもマスクをしている。青羽るい子(小林聡美)も、カレー屋「東印度会社」に入店する際にマスクをしていた。他には、半年の余命、貧困と孤独死、理不尽な左遷、上手く1錠ずつ取り出せないフリスク、無駄に明るいキッチン、最後の晩餐も決められない優柔不断さ、片方だけ脱げ落ちる靴、なんど両替機にツッコんでも帰ってくる万札、とありとあらゆる生きづらさが「天使」たちを囲んでいる。極めつけは、己を覆い隠し護る鎧のように、長く垂れ流されたハリカとカノンの黒い前髪。空気はあまりに穢れていて、それぞれが理不尽なレッテルをはられ、世界から拒絶され、同時に自ら拒絶しているようだ。

元を辿れば、物語というモノは孤独な「天使」たちを救済するためのものだったではないか。そう、これこそが坂元裕二が生粋のストーリーテラーである所以なのだ。

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異世界からの使者

閑話休題だが、『最高の離婚』などにも登場した猫は『anone』において、現実からおとぎ話の世界へ導いていく使者のように機能しているようだ。朝眠っている林田亜乃音(田中裕子)を鳴き声で起こし、ベットから落とし(ここで「落ちる」というイメージが使われているのはかなり意図的)、そのまま指輪が落ちた先に大量の偽札を見つけ、現実とずれた世界が姿を現す、半ば滑稽な異世界への導入。アリサが見つけた大量の万札の話をする際にも、ハリカは猫を抱えている。これは半ば村上春樹へのオマージュのようにも思えるのだが、真相やいかに。

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ハズレの赤とハリカの青

『フォースの覚醒』のレイがお気に入りの反乱軍(輝かしい過去の象徴)のヘルメットを大事に持っていたように、ハリカは常に「青」を抱いている。TwitterInstagramなどで、なんとなくそれっぽいポエムと共に、空や海の画像を上げているのを見かけることが多いが、青という色は、精神を安定させる作用があるのだろう。そんな色を常に身に纏い、一緒に自分を守る「おとぎ話」と共に、半ば無自覚に自分を慰め続けてきたハリカ。その「おとぎ話」というのは、自分が幼少期にいた森のおばあちゃんの家でのことである。

「ヘンな子、っていうのは誉め言葉なのよ」

「人はね、持って生まれたものがあるの」

「それは誰かに預けたり、変えられたりしちゃダメなの」

「あなたは少しヘンな子だけれど、それはあなたが"アタリ"だからよ」

クッキーのアタリ/ハズレに喩えた寓話をお守りのように胸にしまい、時にカノンに語りながら、自分を保ち続けてきたハリカ。しかし、風見鶏がささやきかけ、そのおとぎ話は早々に虚構だと暴かれてしまう。おばあちゃんの家は、虐待の絶えない更生施設で、「ハズレ」という名前は「ハリカ」という名前を奪う代わりに、魔女のごとき祖母に与えられた呪いの印字だったのだ。クッキーのおとぎ話で、「誰かに預けられたり変えられちゃダメ」と、偽の記憶のおばあちゃんが語ったのは、おそらく「名前」のことだろう*1

取り戻した本当の記憶の中での、カノンという少年の存在を思いだし、そこでの幼きハリカは赤色、カノンは青い服である。ネガの『忘れっぽい天使』のある幼少期で、色が逆転しているのだ。アバターの色がハリカ=赤、カノン=青、という逆転になっているのも見逃してはならない。たとえ、それがどんなツールであっても、人はどこかで裸になろうとして、無自覚に自分の色を示してしまうのかも。

そして今、現実のカノンは病室で、消えかかるような淡い青色の服を着て、「動物の病院」で外の世界を眺め続けるカノンこと紙野彦星。おとぎ話が否定されたことを告白するハリカに、「ハズレ」の正体に気付いていたことを打ち明けるカノン。

「"ハズレ"じゃない。君の名前は"ハズレ"じゃないよ、って」

「はい。私の名前は辻沢ハリカです」

奪われた「名前」を、取り戻すのはハリカではなく、カノンで、彼もかつて更生施設から手を繋いで脱走した、あの日の記憶を頼りに、現実をむしばむ病魔に抗い続け、呼吸し続けてきたのだ。彼もまた、おとぎ話に生かされた「孤児」だったのである。

しかし、彼らが会うことは許されない。結ばれない「天の川」に挟まれ、彦星と織姫のジレンマに、涙を流すことしかないのだ。

誰かがいるのに一人にされているこの状況。

欅坂46『キミガイナイ』ではないか。

カノンの過去は、ハリカの過去でもあったのだ。1点で強く結びつき、求め合いながら、近づくこともままならない不器用な「孤児」たち。

あまりに切実すぎて、苦しい孤独。報われない孤独。

「天使」たちはその忘れっぽさで、共鳴する世界線を見過ごしてしまったのかもしれない。

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ファンタジーが否定される世界で物語ることの意味

「なんで焼うどんのお店ではなくカレー屋にしたのか」という青羽の問いから、焼うどんというのが、「自分がもしも別の人生を歩んでいたら」というメタファーにもなっている。しかし、もちろん、焼うどんというのはあまりにニッチで、その願望すら淡いものであるのだ。そうやって取り戻すことのできない時間を後悔する持本。「あきらめは裏切らない」という言葉を聞いて、決心めいた表情の青羽のうどんの啜り方も、取り返しのつかない時間と格闘している姿のように見えてくる。ここまでいくと、流石に深読みのしすぎなのか、と思わなくもないのだが、それほどまで綿密に計算された舞台設計とセリフの応酬だ。生きることを諦めた2人が、一生のうちに使い切る時間の話をしているのもコミカルでばかげた話で可愛い。

これ以上、内容についてまだこの先の展開がどう転ぶかも予測できず、『カルテット』でこの先どのように展開するのかハラハラさせられた、SNS的ともいえる次を予測させるようなフックを意図的に避けているように感じた。ちょっと前の坂元裕二だったら『anone』も、毎話胃がキリキリする描写がモリモリ入っているであろうところを、『カルテット』を経過したおかげで、風格を損なわずに、表面上は見やすいライトな作劇にしており、彼のストーリー照りmmグモウ力の熟練度合いを窺わせる。カーチェイスと呼べるのかも怪しい場面でのドタバタは、端間から見れば滑稽の極みでめちゃくちゃ笑えて、間が抜けた会話劇と、繊細な心の機微を交互に描いて、見事な緊張と緩和も生んでいる。正直なところ、カレー屋と刑務所帰りのその後を臭わせるシーンを少し挿みこめば、十分に成立するくらいに完結しているのだ。毎週決まった曜日に、決まった時間で放送される、10話程度で成り立つ日本のドラマの作り方としては、異例なほどに挑戦的だ。しかも主題歌はなし。とことん攻めてる。日テレなのに。あまりにすべての問題を背負い込もうとしているので、その意気込みから野島伸司山田太一といった書き手たちの顔も浮かぶ。

演技面なら、広瀬すずの抑制のきいた涙と咳き込みであったり、小林聡美阿部サダヲの発声の奥ゆかしさなど、まだまだ切り取れる面は沢山あり、青と赤という絵具のみを用いながら、実に多彩なスケッチである。瑛太のこの世から隔絶されたような佇まいも気になるところ。

『カルテット』から続いてきた優しい世界(「ぬるま湯」というニュアンスではなく)として、見る者に「あのね、現実と向き合わなくてもいいんじゃないかな」と語りかける、不器用でちぐはぐで孤独に浮遊する天使たちを映し出す『anone』というおとぎ話。過去、現在、未来、はたまたどこか別の世界を、物語ることは、誰かを癒す宝箱になりうるのだ。

 

〈追記〉

『初恋と不倫』もマストです。よろしくお願いします。

 

*1:名前を奪われた少女が、名前を取り戻す話、というところで、宮崎駿千と千尋の神隠し』の残酷バージョンであることは言わずもがな。